顔プロジェクト<制作レポート②>オードリー・ヘプバーンの粘土彫刻の完成

2019年5月、花王は、“個性が輝く顔”をアートとサイエンスの両面から探求するため、2倍サイズの顔の彫像作品を制作する現代美術家Kazu Hiro氏と共同研究を開始したことを発表しました。このレポートではKazu Hiro氏による彫像の制作過程に焦点を当て、作品がどのように出来上がっていくのかを紹介していきます。第2回目は、Kazu Hiro氏がオードリー・ヘプバーンの老若2種の粘土彫刻に表現したこと。

 

 

【正確性を極める粘土彫刻】

特殊メイクで顔を作る場合は、まず役者のライフキャスト(本人の顔を石膏などで覆い型を取ったもの)を作り、そこから作業を始めます。しかし、今回の彫刻ではライフキャストなど立体の参考資料は存在しないので、写真やビデオなど平面の資料から、ヘプバーンの実際の顔の大きさや形、表面の凹凸など立体感を割り出す必要があります。

正確な顔のプロポーションを割り出すために、Kazu Hiro氏はまず真正面と真横の顔写真を集めました。なるべく同じ時期、出来れば同じ日に撮られたものが理想です。幸い今回、同じ日に撮られたヘプバーンの正面と真横の写真が得られました。そこから、Kazu Hiro氏は驚くべき緻密な方法で正確な顔を再現していきます。

基準となるのは、目の虹彩のサイズと身長です。人間の虹彩のサイズは大体決まっていて、11.5ミリから 13.5ミリの間です。ヘプバーンの写真から虹彩のサイズと目の間の距離などを測ります。そしてヘプバーンと身長が同じくらいの女性のライフキャストと比較しながら、ヘプバーンの実際の顔の大きさ、目や鼻など各パーツとの距離を割り出し、粘土彫刻に正確に再現していきます。

 

【顔の左右非対称性】

Kazu Hiro氏は、まず、20代前半の若いヘプバーン像の顔の粘土彫刻に取り組みました。プロポーションを整えながらあることに気が付いたと言います。

人間の顔は左右が対称であるほど魅力的に感じられると言われています。ヘプバーンの顔はかなり対称に近いのですが、よく観察すると目は左側の方が少し大きく、左の目尻が少し上がり、鼻の軟骨の左側が下がっています。今回作る表情は笑顔ですが、笑った時の目のサイズや眉毛の角度も左右違います。Kazu Hiro氏によると、顔の左側がより魅力的に見えるそうですが、ヘプバーン自身もそれを意識していたようで、左側から撮られた写真が多く残っています。さらにKazu Hiro氏は、右側を映した写真では左側の写真を反転して使われているものが多いことにも気付きました。

そこで今回の彫刻では、頭と目線を左に向けました。観る人が、目線を合わせて鑑賞した場合、彼女の最も美しい左サイドを見ることになると考えたのです。

若い像の顔のプロポーションが整ったところで、表情を入れる前のニュートラルな状態で一度3Dスキャンをして年老いた顔の像のための複製を作りました。さらに、スキャンしたデータを元に3Dプリンターで樹脂の顔を作って型を取り、そこに粘土を敷き詰めて複製の粘土彫刻を仕上げました。

 

【若い像と年齢を重ねた像それぞれに表現した特徴】

ここから、ヘプバーンの人となりや描きたい表情を入れ込む第2段階に入ります。

若い像は、無垢さや純粋さを表現するため、ほぼ無表情ながら少し微笑みかけた顔を目指しています。映画の中の演じている笑顔ではなく、ふとした時に見せる本物の純粋な笑顔、「中の詰まった笑顔」を捉えたい、と考えています。それは、口元など顔の一部でつくった笑顔ではありません。仕草や口角の上がり方、目が本当に笑っているかも含めて、顔全体で表すと言います。

年齢を重ねた顔は、若い顔から複製した彫刻を老けさせていく作業になりますが、ヘプバーンの顔では、加齢と共に左右の非対称がさらに進んだ部分が一つあることを発見しました。人の顔が左右非対称になる理由は幾つかあります。右利きか左利きか、物をどちらの歯で噛む傾向にあるか、また、どちらかの足を挫いただけでも、左右対称がずれていくのだそうです。ヘプバーンは、原因は不明ですが、口角を上げる頬の筋肉のつき方が左右でどんどん変わっていき、その影響で顎の骨の出方も若いころと異なっていると言います。その辺りを、強調はしないまでも年齢に伴う変化として入れ込みました。

首  は若い頃と同じく左を向きますが、年齢と共に姿勢も崩れるので、首の角度は少な目にし、表情は優しくて包容力のある愛情溢れた笑顔を目指します。「全てを受け入れ、生きている状態」とKazu Hiro氏は表現します。

 

【 2倍サイズの彫刻への移行】 

数ヶ月かけて等身大の粘土彫刻2体が完成したら、完成品のサイズ(実物の2倍)の粘土彫刻を作ります。3Dスキャンと3Dプリンターを使い、まず2倍の顔の像を樹脂で作り、それらの型を取ったものに、熱して 柔らかくした粘土を敷き詰め、冷やして固めます。

2倍の粘土彫刻では、等身大の彫刻とは違った部分に着目するとKazu Hiro氏は説明します。「小さな彫刻だと、見たときにパッと一瞬で全体が入ってきますが、サイズが大きいと、ある角度から見えるものと、ほんの少し角度がずれた時に見えるものが全く変わってきます。ひとつの顔にいろいろな表情を入れたり、表情の変わり目を彫刻の中に入れたり、というのはそういった意味です。人間の視野は限られているので、見る対象が大きくなればなるほど、見る角度によって印象を変えることが出来るのです。遠くから全体を見れば一つに見えますが、近寄ると人の興味は作品にどんどん繋がっていくので、見る方向や角度によって、感じるものが変るように、作っています

 

【細部の緻密な作り込み】

2 倍サイズの粘土彫刻の最終段階は、表面のテクスチャー(肌の質感)を作りこむ作業です。特殊メイクアップの際に使っていた彫刻道具や、新たに自作・加工した道具を使い、毛穴や肌の細かなキメを入れていきます。丸い毛穴や細長い毛穴を表現するための先の形状が違った針金、さらに猫の毛を整えるブラシや指サック、空気フィルターのメッシュなどの日常用品も巧みに使い、毛穴と毛穴を繋ぐ小さなシワを表現します。何万個もの毛穴、何千本ものシワといった細部までを緻密に刻み込んで、オードリー・ヘプバーンの2倍サイズの粘土彫刻は完成しました。

 

※本彫像は、オードリー・ヘプバーンを忠実に再現したものではなく、アーティストの解釈によって作られています。

 

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